「C=ド」と覚えているあなたが本当に「聴いている」音は?
Step 1:「目」の情報に偏る、脳の錯覚
突然ですが、この簡単なテストに挑戦してみてください。
以下の文字を見て、できるだけ早く「文字の色」を声に出して答えてください。
(※文字の意味にとらわれず、目に飛び込んできた色をそのまま答えてください)
指板の上で起きている「あべこべ」
実は、ベースを弾くたびにあなたの脳内ではこれと同じことが起きています。
例えば、Key=G の曲を弾いているとき。 指板の「C」という音名が目に入った瞬間、あなたの頭には反射的に「ド」という固定された名前が浮かんできます。
- 目で「見た」情報:音名(アルファベットのC)
- 耳で「聴いた」情報:階名(この響きの中での役割=ファ)
耳は「今はファの響きが鳴っている」と正しく感じ取っているのに、「C=ド」といった思い込みがあることで、せっかく感じようとしていた「ファ」という響きが、かき消されてしまうのです。
「C=ド」といった思い込みで弾いてしまうと
この思い込みを抱えたままベースを弾くと、指板の上で「耳で‘聴いた’情報」と「目で‘見た’情報」が矛盾を起こし、以下のような「混乱」を招きます。
1. 聴こえている「響き」を疑ってしまう
耳(相対音感)は、「今は『ファ』の響きが鳴っている」と感じ取っているのに、目で見た「C」という音名が「これはドのはずだ」という思い込みとなって邪魔をします。
「耳ではファに聴こえる。でも、音名はC(ド)だ。一体どっちを信じればいいんだろう?」
そうやって迷いが生じた瞬間に、育つ耳が育ちにくくなります。本来なら響きを「相対的」に捉えるはずのところで、意識が音名という「音の高さ」ばかりに向かってしまうからです。 音の高さ(音名)ばかりを追いかけるようになると、耳は育つ場所を失ってしまいます。
2. 運指の応用が効くからこそ、耳が置いてきぼりになる
ベースは、一度覚えた指の動きがどこでも使える「運指の応用が効く楽器」です。たとえ頭が混乱していても、形さえなぞればそれらしい音を出すことはできてしまいます。しかし、「C=ド」といった思い込みに引っ張られたままでは、耳はその音の役割(ファ)を実感できていません。 手だけが動いて、耳がついてこない。この「耳の不在」が、演奏から確信を奪っていきます。
3. 演奏が「クイズの答え合わせ」になる
音楽は本来、今この瞬間の響きを味わうものです。しかし「C=ド」といった思い込みに縛られると、演奏は「場所を間違えないためのクイズ」に変わってしまいます。「ここはC(ド)だから……」と正解探しに必死になり、肝心の「どんな響きがしているか」という感性が働かなくなってしまいます。
私たちは、指板を『アルファベットの並び(住所)』として見るのをやめ、主役(Root)から見た『響きの距離(役割)』を手の形で捉える必要があります。それこそが、脳の目詰まりを解消する唯一の道なのです。
「目」の情報に騙されているだけ
「練習が足りないから迷うんだ」と思わないでください。人間は、どうしても耳よりも「目」から入る情報を優先してしまう性質があります。本当は耳が答えを教えてくれているのに、目から入る「C」の音名と、そこから連想される「ド」といった思い込みのせいで、脳が混乱を起こしているだけです。
その結果、「自分の耳で聴いた情報」と「自分が目で見た音名」がバラバラになり、確信が持てなくなってしまいます。
あなたが自分の感覚(相対音感)を信じられないのは、下手だからではありません。 「固定ド」という、あまりに当たり前になった名前(音名フィルター)が、今まさに耳に届いている「響き」という事実を覆い隠してしまっている。この強力な思い込みのせいで、あなたの耳に「本来の階名」が届かなくなっているだけなのです。
まずは、自分が「目で見た情報(音名)」に振り回されて、耳(階名)が迷子になっていることに気づくこと。 そこから、すべてが変わっていきます。
そもそも、なぜこれほどまでに「C=ド」という思い込みが強いのでしょうか。それは、私たちが最初に触れる音楽教育の多くが、ピアノや五線譜を中心とした「固定された名前」の世界だからです。
白鍵をCから順番に弾けば「ドレミ」になるため、特定の場所を「ド」と覚えるのが効率的だったのです。 ハ長調(C Major)の音符を読む際、その場所を「ド」の位置として教え込まれました。
本来は「役割(階名)」を指すはずのドレミを、いつの間にか「場所(音名)」の名前として扱うことが当たり前になってしまった。しかし、弦の上を自由に移動するベースにおいて、この思い込みは、あなたの耳の成長を止める不純なフィルターになってしまいます。
なぜ「C=ド」と刷り込まれるのか?
ピアノの体験
五線譜の記憶